2025年2月28日
木材工法の特許 その2.淀川を自然護岸に戻す木工沈床 木工沈床(もっこうちんしょう)とは、河川の護岸工事に用いられる伝統的な工法です。木材で組んだ枠の中に自然石を入れ、川岸を安定させるために設置されます。 水中では木材が腐りにくいため耐久性が高く、水生生物にとっても良好な生息環境を提供するため、環境保全にも寄与します。この工法は、自然環境に配慮しながら治水や防災を行う効果的な手法であり、淀川を自然護岸に戻すプロジェクトとして、国土交通省発注の工事に採用されました。 通常、この工法では川の一部を堰き止め、丸太を組んで施工します。しかし、淀川でこの方法を採用すると莫大な費用がかかるため、あらかじめ組み上げた木工沈床に砕石を詰め、水中へ沈める仕様としました。 当初の設計では、木工沈床をワイヤーで巻き付けて吊り下げる方式が採用されていました。しかし、この方法では水中でワイヤーが絡まりやすく、また、丸太に欠陥があった場合、吊り下げた際に破断する危険性がありました。 そこで、施工を担当するゼネコンから弊社へ相談があり、新たな提案を行いました。木材内部のボルトを大型のU字ナットで簡単に着脱できる設計にすることで、安全性が向上し、作業のスピードも大幅に向上しました。 本特許は、出願後すぐに手続きを行い、弊社が出願した特許の中でも最速で特許庁の認可を取得しました。 関係ホームページ https://wood.co.jp/doboku/chisho.htm
2025年2月15日
木材工法の特許 その1. 木製フェンス 当社はこれまでに数多くの特許を取得してきましたが、その中でも特に代表的なものを3つご紹介します。その一つが、大阪府の「ベンチャー新技術賞」を受賞した 木製フェンス です。当時、木製フェンスの中で 国土交通省の強度基準を満たすものは存在しません でした。さらに、山間部では地形に応じてジョイントの角度がさまざまに変化するため、強度を確保する必要がありました。このため、角度が一定でない箇所には 金属製フェンスを使用せざるを得ない という課題がありました。しかし、この特許技術によって 景観に調和する強度の高い木製フェンス を設置できるようになりました。このフェンスの 最大の特徴 は、木材の柱の内部に 金属で人工的な枝を組み込んだ構造 にあります。この設計により、 高い強度 を確保できる 交換が容易 でメンテナンス性に優れる 金属部分が外から見えない ため、美観を損なわない というメリットを実現しました。この技術の開発により、これまで金属フェンスを使用せざるを得なかった場所でも 木材を活かした美しい景観づくり が可能となりました。
2025年2月27日
1970万博、8月21日はインドネシアのナショナルデーがお祭り広場でありました。移動ステージの上でのバリ島の舞踏です。 うしろに観覧席と空調設備が写っていますが、よくこんなものを作ったと思います。この観覧席にも行きましたが、怖かったのを覚えています。 写真はアルバムに貼ってあった写真をスキャンし、それをAIでカラー化しました。やはりフィルムからスキャンするのに比べると解像度や色が劣りますけど、いい想い出写真です。
2025年2月25日
1970年の大阪万博が開幕して約1か月が経ったころ、インドネシア館で親しくなった通訳ホステスであり、私の語学の先生でもあったティティさんとティニさんが大阪市内を見学したいというので、万博アルバイトを紹介してくれた大学のゼミ友・近藤信武さんと4人でドライブしました。 車は父の愛車である**ルーチェSS(東洋工業)**を借りました。当時、阪神高速のループが開通して間もなかったので、何度か回り、大丸やそごうを訪ねました。 写真は、私とティニさん。そごう(左)と大丸(右)の前にある駐車場で撮影したものです。この年、御堂筋は一方通行になり、写真の車はすべて南向きに駐車されています。 その後も、ティティさん、ティニさんとは家族ぐるみで長いお付き合いが続き、手紙やSNSで交流を続けてきました。また、9年前に来日した際には、我が家に数日間ホームステイしてくれました。
2025年2月21日
万博開幕まであと50日ほどですね。 千里万博の思い出話と写真をお届けします。 スカンジナビア館には付属のカフェテリアがあり、開幕間もない頃に一人でランチで入りました。ハム・チーズ、ニシンのオープンサンドなど、北欧の食べ物がビュッフェ形式で並んでいて、直感的に「これは自分に合う食事だ!」と思いました。 私はハムがのったオープンサンドを選びましたが、一口食べて「こんなに美味しいものがあるのか!」と驚いたのを覚えています。料理を取るときに対応してくれたのが、写真の彼女でした。残念ながら名前は思い出せませんが、私が人生で初めて英語を話した相手(デンマークの方)です。 思い切って発した言葉は「OK ?」。すると、彼女の返事は「OK」。たった一言でしたが、通じたことがとても嬉しかったのを今でも覚えています。
2025年2月17日
万博の思い出写真 お祭り広場に来たときに、記念写真を撮りました。毎日のように会っていた人たちです。 左から、日本万国博覧会協会の職員・森下さん。同じ課で働いていた私にとって、とても優しいお姉さんのような存在でした。 ネンシー (Nency) さんは民俗舞踊家です。よく写真のモデルになってもらいました。 マズニ・ハルン (Mazni Harun) さんは、このとき日本に留学中でした。翌年に帰国し、陸軍の学校に入学。後にインドネシア陸軍の准将となりました。 ジャカルタで再会したときは、陸軍幼年学校の制服を着ていて、「自分の将来は軍人になる」と話していたのを覚えています。驚きましたが、インドネシアのウィキペディアにも名前が載っていることから、国に貢献されたのでしょう。今もフェイスブックでつながっています。 白黒写真をAIでカラー化しましたので少し色調が。。。
2025年2月14日
1970年万博 インドネシア館でのスナップ 左から、踊り子のエンドラ (Endra)、銀細工職人のスマン (Suman Muljono)、私、バティック製作者のサテヤ (Sri Satya)、通訳兼ホステスのミチコさん。みんな思い出の人です。 週初めにNHKの取材を受けました。4月16日放送の「歴史探偵」に登場します。テーマは「先の万博の成功はお祭り広場にあった」という切り口で、当時そこで働いていたことから出演依頼を受けました。どのように編集されるのか、私もまだわかりません。
2025年2月12日
今日は、原眞一さんのお別れの会がありました。 原さんはコーナン建設の社長、会長相談役を務められ、日本建設業経営協会(日建経)の会長としても建設業界に大きく貢献されました。 私とは同じ甲南大学の同学年であり、また同じクラシック音楽の愛好家でもありました。甲南会、青年会議所、大阪工業会、新人会、ロータリーなど、さまざまな場でご一緒する機会が多かったです。原さんのご尊父である原精一さんは、私の父の友人でもあり、父の葬儀の際には、お二人そろってご参列くださいました。 原さんとの思い出は数多くありますが、特に印象に残っているのは、34年前に工業会主催の視察旅行でアメリカを訪れたことです。フロリダ、アスペン、サンフランシスコ、ハリウッド、ディズニーランドなどを巡る旅で、顔なじみの先輩・後輩たちと共に、とても楽しい時間を過ごしました。その時の仲間である高田さん(ミカド)、浅沼さん(浅沼組)らはすでに他界されていますが、今頃は原さんと一緒に賑やかに語らっていることでしょう。 また、アラスカでの乗り換え時に「一人になるのは嫌だから、一緒に行動しよう」と言われ、顔に似合わず寂しがり屋な一面に驚いたことや、ドヴォルザークの《新世界》のCDを何枚も買い集め、聴き比べているという話で盛り上がったことも思い出します。 心よりご冥福をお祈りいたします。
2025年2月10日
チェコスロバキアのナショナルデーに出演した、チェコの国民的歌手(と紹介されていた)マリエさん。 意気投合した私たちは、お祭り広場の楽屋前で記念写真を撮りました。 左から、私、坂野(1歳下で同じ楽屋アルバイト)、マリエさん、そして近藤(お祭り広場の進行係アルバイトで、私を万博アルバイトに誘った張本人。同い年)。 3人とも甲南大学の仲間です。 明日、NHKのテレビ取材があります。「万博の思い出を語ってほしい」とのことですが、一体どんな展開になるのでしょうか。
2025年2月7日
万博の際に友人になった、スカンジナビア館のホステス、ディスペックさんです。彼女とはお祭り広場の楽屋で知り合いました。スウェーデン人で、ストックホルム大学で日本語を学んだそうです。ほぼ完璧な日本語を話していました。インドネシア人以外の外国人の中で、彼女が最もよく話した相手です。楽屋で私とインドネシア人、そして彼女の3人で話していたのですが、共通語は日本語でした。その状況が何とも奇妙に感じられたことを、今でも覚えています。
2025年2月3日
開幕まであと69日! 55年前のアルバムを開いて、万博の思い出写真をアップします。 開幕直後のある日、ナショナルデーのイベントがあり、その日はチェコスロバキアの日でした。お祭り広場の楽屋入口正面にあるインフォメーションデスクで案内係をしていたら、出演者のチェコ軍人2人が話しかけてきたんです。 言葉は通じなかったけれど、スケッチブックに絵を描きながらなんとか会話を続けて、気づけば一日中一緒に過ごしていました。彼らが、私にとって初めてコミュニケーションをとった外国の方々でした。 写真の左にいるのが、バーツラフ・ドージェンスキーさん。右が私。そして、着物姿の女性は通りすがりの出演者の方です。