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2024年7月に掲載したもの

 /中川木材産業 2024年7月29日

中古で購入されたセカンドハウスのウッドデッキが腐朽しているとのことで、お客様からの改修依頼の仕事です。 年数はどのくらい経ているのかわかりまんが、手摺のラチスなどを見ると10年以上経っていると思われます。ちょっと寿命が早いとおもいますが。 根太を見ると当社の工法とは異なるのがよくわかります。 今回の改修ではウリン材を利用したこと、重量のある風呂をデッキ上に配置していること(実際には別に支えています)、などが特長です。担当者の細かい配慮も行き届いているようです。一部の写真のみをここに掲載いたします。 よりご興味のある方は担当者ブログへ http://wooddeckblog.blog44.fc2.com/blog-entry-2013.html#more

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 /中川木材産業 2024年7月16日

施工部門の担当者ブログにユニークな記事があります。ここに一部を掲載させていただきます。 とあり、土木仮設材の足場板を利用した木製のフェンスの経年変化のレポートです。 会社のネットフェンスの痛みが激しくなったので、実験的に木製フェンスを作ったものです。 --------------------------------------------------- 中川木材産業の 中川木材産業による 中川木材産業のための足場板フェンスが 施工後1年半経過しました。 その経年変化状況をリポートします。 詳しくは http://wooddeckblog.blog44.fc2.com/blog-entry-2011.html#more

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 /中川木材産業 2024年7月 2日

前回お話しした大阪港湾振興倶楽部では、大阪港湾に関係する方々が集まっていました。市役所や警察、民間企業から約60名が参加していました。後でわかったことですが、大阪市の港湾局長を務めた方々も何名かいらっしゃいました。 市の港湾局といえば、当社の創業時からの大得意先です。前社長の時代には、昭和20~30年代に杭丸太の確保のために米国やニュージーランドまで足を運んでいました。また、同業者が多い中、どのようにして港湾局に認めてもらえるか、多くの苦労を重ねたことと思います。港湾局長は、当社にとってまるで神様のような存在だったでしょう。 当時、本社は大阪市大正区にあり、川を利用した貯木場がありました。私は高校・大学時代にはよく会社に行きましたが、臭くて汚くて、将来ここで働くことを考えると憂鬱な気持ちになったものです。川は一面ヘドロで覆われ、貯木場は泥で常にぬかるんでいました。靴もすぐに泥だらけになってしまいます。 幸い(?)なことに、杭の仕事は大阪万博以降、減少しました。最後の大きな仕事は1973年の24メートルの松杭100本でした【https://wood.co.jp/13.../nakagawa/history/197512kinuura.htm】。これも大阪市港湾局からの入札案件でした。入札とは言っても、日本国内ではこれほど長い杭を調達できなかったため、事前に港湾局からの相談(依頼)があり、米国に手配していました。談合と言われればその通りですが、当時の役所にはこのような方法しか取れなかったのです。それは、50年以上前の話です。 UPした写真は、当社の杭丸太が盛んだった時代のもので、昭和20~30年代の白黒フィルムをAIでカラー化したものです。

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 /中川木材産業 2024年7月29日

今週も毎朝通勤に歩きます。一昨年から日傘を利用してますが、女性用なので軽くていいのですが、デザインがちょっと恥ずかしい。

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 /中川木材産業 2024年7月26日

毎日の通勤は、朝7時から7時半の間に自宅を出発します。会社には40分から60分で到着しますが、いくつかのルートがあり、遠回りしたり、その時の状況によってルートを変えています。多くは遊歩道を歩くので快適ですが、とても暑いです。昨年までは上半身が汗でびしょびしょになることが多かったのですが、足まで汗をかくことは珍しかったです。しかし、今年はズボンまで濡れてしまいます。

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 /中川木材産業 2024年7月24日

毎日の歩数を8000歩ぐらいを目標としているのですが、なぜか多くなりがちです。朝の通勤と昼に自宅に車を取りに戻るためです。最近は1万5000歩ぐらい歩いています。それにしても暑いですね。また、朝の遊歩道では、蝉の鳴き声がうるさすぎて頭の芯まで響きます。でも、やっと地上に出てきた喜びの声ですし、短い命ですから、しばらく我慢します。

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 /中川木材産業 2024年7月22日

週末は甲南大学卓球部のOBOG総会がありました。1年ぶりに昔の仲間先輩後輩や現役と会える機会です。 今年度から新たな試みとして講演会があり、その講師に指名されていました。 これは昨年12月のNHKで個人物語(千里万博)として放送( https://wood.co.jp/onii/ )されたことが発端です。 卓球部での経験がその後の人生に役に立ったという話です。また現役向けにいつもの話もさせて頂きました。 体育会OB会の他のクラブの方や学習院の方も聴講にきて下さり、うれしく思いました。 炎天下のもと岡本の駅から大学まで、タクシーがつかまらず3人での徒歩はきつかったです。 講演の資料写真( https://wood.co.jp/13-company/kouen/2024/202407-kounan.html ) 写真前列右から2人目が私です。

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 /中川木材産業 2024年7月15日

怪我療養中だった愛猫のフクが先週、永遠の眠りにつきました。病院から戻って数日間は自宅で療養し、最後は家内の腕の中で静かに息を引き取りました。我が家には3匹の猫ちゃんがいますが、すべて迷い猫です。その中でも、フクは一番性格の良い子でした。小さい頃から耳がほとんど聞こえない子でしたが、それでも私たちと普通に過ごしていました。 娘がフクの健康だった頃の写真を撮ってくれていたので、昨日それを受け取りました。写真を見ていると、昔の思い出が次々とよみがえってきます。フクの写真は実物以上に素敵に撮れていますが、その分、彼がもういない現実が一層切なく感じられます。

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 /中川木材産業 2024年7月8日

通勤途中で見つけたチロリアンランプ。最近よく見かけます。 この状態の時が一番好きです。 いちおう木本なのですね。それならばウチのホームページにも載せないと。https://wood.co.jp/8-jumoku/wood/

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 /中川木材産業 2024年7月3日

資料を整理していたら52年前の日刊木材新聞が出てきました。思い出というか記念のものです。1972年の元旦号の1面です。 某団体の写真コンテストで金賞を戴き、賞金5万円頂きました、給料は4~5万くらいでしたので、ほぼ1か月分ですね。 その写真を日刊木材さんが採用してくれたのです。 初めてのコンテスト入選の写真となりました。木材輸入全盛時代でしたので、スマトラの伐採現場の題材が良かったのと思います。 ただ、素直に喜べないところがあるのですが、50年もたてば時効でしょう。

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