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インドネシア関係 MENU

仕事

ロッグポンド(本船に積む前の貯木場)
キャンブ(山での伐採現場近くに設営)
皮むき作業(キャンプで丸太の皮をはぎます)
伐採現場(森の中の木材伐採現場です)
木材船(木材専用船、多くは2900トンクラス)
荷役(丸太の船積作業で非常に危険)
伐採丸太を積み込む(トラックに積込む)
ポンティのロックポンド(ラミン材)
手書き地図(色鉛筆とペンによる地図)
宿舎、シンガラン、パンリマポレ
カリマンタンサリ(ラミン材輸出会社です)
シンキルテンバー(北スマトラの木材輸出)

景色

インドネシアお気に入写真カラー編
インドネシアお気に入写真 白黒編
ベチャ カラー(庶民の足、面白い題材)
ベチャ 白黒()
中川勝弘自身(セルフシャツターで)
事務所にて(ニチメンジャカルタオフィス)
森のようす(実物の森は美しくはありません)
住宅(木造住宅がほとんど、りっぱな家も)
のりもの(車が好きな人には)
映画館(映画館は庶民のもつとも楽しみ)
空から(飛行機とジャカルタの高層ビルから)
空の景色(インドネシアの空、白黒写真)
街の景色(日本では村か町のような感じです)
ポンティアナ(赤道直下の街)
その他特別(特殊なもの)
村の景色(村を通過する時によく撮りました)
夕日(夕日がきれい)
シンキルへの途中(スマトラ、インド洋側)
お店、屋台(いろいろなお店)
街のダバコ屋さん(いたるところで商売)

インドネシアの人たち

ニチメン現地雇員
木材部のHannyさん
業者シッパー
その他の人々
知人、友人

ニチメン関係

稲垣さん| 大山さん| 太田さん
柿ノ木さん| 脇田さん| 五十川さん
松本さん| 西田さん| 奥村さん
村上さん| 品田さん| 椿さん
三尾川さん 鈴木さん 大崎さん 
原さん 岡本さん 平沢さん
ニチメンネシア会

万博後のインドネシア駐在時代

あこがれのインドネシア駐在

大阪万博でインドネシア館の人々と親しくなった私は、インドネシア語を勉強し約1ヶ月で話せるようになりました。

就職先は総合商社ニチメン実業(その後ニチメンに名称変更、その後日商岩井と合併し双日に)の子会社に決まって

おりましたが、インドネシア語が話せる、また本人もインドネシア駐在希望と言うことで、商社本体に入社しインドネシア

での仕事が決まりました。

そのため1971年3月から中間入社し、6月にインドネシアに赴任しました。

 

1年6ヶ月の駐在予定でしたが、イントネシアの仕事や生活が楽しくて、駐在延期の申請をし、2回延長しました。

1973年2月までインドネシアにおりました。

勤務地は主に3カ所です、

1.北スマトラのインド洋に面したシンキルバル、ここではシンキルティバー社のカポール材検品の本線荷役アテンドなどの業務。

2.南スマトラのランポン州、ここでは2社、トリダ社ツとランポンメランティ社のキャンプ地、ロックポンドでのメランティ材の検品、本線荷役アテンドなどの業務

3.

西カリマンタンのポンティアナックで、カリマンタンサリ社、フータンラヤ社、アブディ社、SIS社などのジェゥルトン材、ジョンコン材、ラミン材の検品、本線アテンド、本線パイロット、情報収集、本線荷役などの仕事をしました。

1回の出張は平均4日から1週間ぐらいで、ジャカルタには出張の合間に骨休めの形態でした。

まだ十分に整理されていませんが、左のメニューをからご覧ください。ご質問、ご意見などは木の情報発信基地あてにいただけたら結構です。 中川勝弘