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父親の様な中川さん

日鹿合板株式会社  代表取締役  飯室正樹
秋の運動会シーズンに雨模様になると、しばしば思い出されるのが中川さんとの出合いである。

凡そ二十年程前、南河内郡美原町にある大阪木材工場団地で進出企業もほぼ出揃った時、住民福祉の為に、共栄会が設立され会長に中川さんがなられた。

四つ位の委員会が設けられ,その一つ厚生委員長を仰せつかった。

運動会や盆踊りを催したが当日になると雨で順延となり組合事務所の前にあんパンのケースが積んであり、がっかりしたことがあった事を思い出す。

これは皆さんの言うことには、会長か私のどちらかが、雨男ではないかとよく云われたものだったが、私は未だ自分ではないと確信している・・・・・。

運動会で思い出されるのが、共栄会の各委員会と団地組合の事務局の五組でリレーを行なった時、各委員長はアンカーで事務局のアンカーに会長がなられた時、これでベッタは免れたと思いきや、いざバトンがまわってきて走りだしたが、何と速いこと、縮めるどころか反対に引き離された時にはびっくりした、結果会長は二位であったと思う。

二十程年が違うのに、偉く達者な人やなと思った。

今の自分に置き換えると2百米を全速力で走るなんて到底できない。

関西合板流通研究会ができ今後砂糖取引所の方にいろいろお世話になるという事で、合同懇親パーティーが催された時、砂糖取引所の方は皆さん非常に唄うのがうまく堂々としていたのに対し、中川さんをはじめ数人はうまい人もいたが、あとは引っ込み思案で砂糖取引所の方にカバーしてもらった様に思う。

この時中川さんは『我々木材合板業界の人はもっと人前で歌の一つでも唄える様にならんとあかん』と言われた。

その後木材会館で喜声会という歌のレッスンの場を設けられ、私も参加させてもらい何とか多少唄える様に成ったのは有難かった。

また字の練習もということで同じ木材会館で興福会という名で習字の稽古を始めた。

これは現在もまだ続いている。

中川学校ももっと発展させて欲しかったが、せめて此の残された興福会を頑張って続けて行きたいと思っている生徒の一人である。

凡そ二十年間では有りましたがこれほど多方面にわたって精通され、何事にも親身になって接して頂だき、父親を二人もった思いで私の心の支えに成ったことに感謝している。

合掌平成元年三月

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