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木の魅力と日本の住まい

あとがき

この本は「木の文化」について述べたものであるが、副題の「インテ リアの源流」と主題の「木の文化」が、どのようなかかわりを持つかに ついて疑問を持つ方もあろう。この二つのつながりは、私のライフワー クの軌跡でもあるから、その趣旨について説明しておきたい。   私は千葉大学工学部建築学科に三十年近く勤務した。担当した講座は 「室内計画」であったが、この名称はほかの大学の建築学科には例がな い。ただ一つだけ存在する理由は以下のようである。
  千葉大学工学部の前身は東京高等工芸学校であった。高等工芸は戦前 は東京と京都におかれていたが、東京には木材工芸科という学科があっ て、家具の設計と生産を教えていた。戦時中に工芸は不要ということで、 学校の名称は工業専門学校に変わり、木材工芸科は建築科に改組された。 さらに戦後は千葉大学に統合されて工学部建築学科になり、その中に木 材工芸の名称が残ったのである。
  たまたま私はその講座を担当することになったが、将来のことを考え て名称を「室内計画」に改めてもらった。室内計画とは現在でいうイン テリアの分野を指すが、そのように改名した理由は、研究の対象を家具 から住空間にまで拡げ、建築学の中に体系づけないと、今後の発展は期 待できないと考えたからであった。
  さて右のような方針を立ててみたものの、実際の面で、はたと困って しまった。というのは、いやしくも大学の中に存在する講座であるから には、学問的な基盤の上に立つことが最低の条件であるが、従来この分 野には研究的な蓄積がほとんどなかったからである。それまでは学会も なかったし、研究者もいなかったからそれは当然のことであった。   なんとかしなければならぬと思案したすえに思いついたのは、インテ リアの分野を基礎学の領域と設計の領域とに分け、まず基礎学の領域か ら体系化をはかろうというものであった。その手段として人間工学を取 りあげたのである。当時はまだ人間工学がわが国に紹介されて間もない 頃で、建築学とは無縁の存在であったから、私たちは手さぐりで研究を 進めるより他に方法はなかった。幸いにして大内一雄、寺門弘道、安藤 正雄、上野義雪氏らの優秀な協力者の援助があったので、室内計画に人 間工学を応用する研究は二十年あまりかかって、一応のまとまりを見る ことができた。その間においてこの研究は、家具に関してはわが国にお ける規格づくりの基礎原理として役立ったし、乗物座席に関しては、新 幹線をはじめ航空機、自動車などの設計に大きく貢献できた。
  また建築の分野では、人間工学は住宅産業と結びついて、次第に応用 の範囲が広くなり、私のやってきた研究業績に対し、「日本建築学会賞」 が贈られることになった。さらに建築学会の中では、小さいながら人間 工学の部門が誕生して、若手研究者の育つ基盤もできた。かくして私が 最初のねらいとしたインテリアの基礎づくりは、一段落した形になった。   そこで私は次のステップとして、研究の目標を設計の領域に移すこと にした。だがこの領域は感性にかかわるところであるから、学問的な体 系づくりは一層困難であった。何か妙案はないものかと考えたすえ、た どりついたテーマが「木の文化」であった。そこに至るまでの道筋は次 のようである。
  最近、インテリアに対する一般の関心はとみに高まってきた。そのこ とは、通産省が始めたインテリアコーディネーターの試験制度に対する 反応の強さを見ても、理解できることである。建設省もまた、インテリ アに対して何らかの施策を取るべく目下検討中である。私はそれらの対 策に委員長として長い間お手伝いをしてきたが、最近におけるブームと もいえる関心の高まりは、ただ驚きというほかはない。このような変化 がなぜおこってきたのであろうか。
  わが国の建築学は、明治以来長足の進歩をとげた。いまや世界のトッ プレベルに位置することは、何人も否定しないところであろう。だが私 は、明治百年の建築教育の中で、抜け落ちていたものが二つあったので はないかと思う。その一つは木造住宅の教育で、もう一つはインテリア の教育である。その欠落していたものに対する要求が、いま顕在化して 来たのだと思う。
  これまでの住宅教育は、シェルターをつくることに重点がおかれてい た。中身よりも外箱に技術教育の中心が置かれていたわけである。だが 住まい手のほうは戦後四十年の体験から、外箱よりも内部に関心を向け るようになってきた。住宅はいま曲がり角にさしかかっているというが、 それは量から質への転換を意味し、質の向上とは住空間の密度を高める ことにほかならない。庶民は住みやすさの勘どころは、実はインテリア の部分にあると肌で感じはじめたのである。それがブームを呼んだ原因 であろう。
  現在インテリアとよばれている概念は、戦前の室内装飾から始まって、 戦後の室内計画を包含したものであるが、その全期間を通しての目標は、 いかにして欧米のインテリアに似せるかというところにおかれていた。 あちらのインテリアを手本にして、それに近づけることが文化的であり、 進歩的だと信じられていたのである。残念ながら私たちの椅子式生活の 歴史はまだ浅い。だから欧米を忠実に模倣する過程は、一度は通らなく てはならない道のりだったのである。
  だがその混乱の中で、私たちは伝統の和室の美しさを忘れてしまった ようである。欧米まがいの中途半端な住空間に暮らしているうちに、美 の感覚は鈍ってしまったらしい。私は現在の混乱したインテリアをよく 「長崎チャンポン、チンテリア」と悪口をいうが、そうした環境の中で、 次代をになう子供たちが果たして日本人らしく育っていってくれるで あろうかと、疑問をもつことがある。美のセンスは幼児のとき訓練を受 けないと身につかないが、そのことは音楽や味覚の分野で証明されてい ることだからである。
  伝統の木質空間には、息づまるような「木割り」の緊張感があった。 その磨ぎ澄まされた美の感覚をもう一度見直すべきではないか。今こそ 伝統の「木の文化」のよさと、西欧の「金の文化」のよさをよく理解し たうえで、それをどのように組み合わせていったらよいかを、真剣に研 究していくときであろう。温故知新の知恵が強く要求されているのであ る。
  ここまで考えてきたとき、私が以前にやっていた彫刻用材の研究が、 二つの文化の比較に役立っことに気がついた。木の文化の本質をさぐる ことは、実はインテリアの質を高める道につながるものだという結論に 達したのである。以上が本書の主題と副題とのつながりについての説明 である。
  幸い彫刻用材の研究は、さきに雑誌「グリーンパワー」に連載してい たので、それに手を加えてこの本をまとめることにした。出版に当たっ ては朝日新聞社の笠坊乙彦氏には格別のご尽力をいただいた。また森林 文化協会の井原俊一氏と高橋章子さんには「グリーンパワー」連載中に、 いろいろとご助言をいただいた。深く感謝するところである。なお写真 資料の一部は彰国社の和木通氏、京都大学の原田浩氏、佐伯浩氏らから 貸与を受けたものであることを付記しておきたい。
  いずれにせよこの本は多くの方々のご好意を受けてまとまったもの である。ここに改めてお礼を申し上げるとともに、皆様からのご叱声を 仰いで、さらに勉強していきたいと思う。

 著者   昭和五十九年九月

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