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巨樹名木探訪

長太の大楠 なごのおおくす

  最も感動した大樹のうちのひとつ。 周辺はのどかというよりもだだっぴろいという表現の田園風景で、見通しが良く遠くからでもすぐに それとわかる。2キロぐらい手前で場所が確認できる巨樹もいままでにあまりない。 昔は当地は、式内大木神社であったとのこと、きっと明治の神社統合令で廃止になったと思われる。 付近に樹木はまったくなく、これだけで、たった1本というのも珍しい。 北海道上川郡比布町の駒止めのならのように、昔この樹近は開拓されずに神社としてのこり、その後も 地域の人々によって手厚く保護されたのであろう。現在は鈴鹿市が管理している。 樹高23mとあるが実際は30m以上あるように見える。枝張り東西32m南北34mある。一度見たら忘れ なれない樹形だ。それにしてもよく残ったものと思う。おそらく神社のご神木として、用材としては 伐採されずにすんだ事や、この樹がもつねばり強さのため、台風等にも負けなかったのだろう。 これから、台風の度にこの楠がだいじようぶだろうかと心配する自分が想像される。 たぶんこれからも何度も訪れることになると思う。おすすめの巨樹だ。 書籍では「巨樹の顔」、「巨樹を見に行く」、「日本の巨樹巨木全国674本」、「みえの樹木百選」、 「百木巡礼」などに詳しく記されている。
記念物指定
三重県天然記念物指定
データー
樹種 くす  幹周 800cm 樹高 23m 樹齢 推定300年
住所
三重県鈴鹿市南長太町、大木神社跡  緯度 北緯  34.53.03 経度 東経 136.37.20
解説、案内版
大切にこの樹はされているようだ、つまれたワラを見ていると 管理する方々の気持ちがつたわってくる。
撮影日、撮影者
1998年 9月9日 中川勝弘撮影
撮影機材
Nokon COOLPIX 950
交通
名古屋より近鉄名古屋線 長太の浦駅 下車、徒歩15分(南西約1km) 名古屋から国道23号線を南下、一ノ宮町の交差点を東へ
駐車場
付近に駐車場はありません。
一般的な解説
クスノキ科。常緑高木。本州中南部、四国、九州、琉球、済州島、  台湾、中国南部、インドシナに分布する。  漢字は樟で、楠はタブノキである。各地で名前がわからないため  ナンジャモンジャといわれているものにはクスノキが多い。  高さ30mまでになる。ときに老大木で直径5mに達するものがある。  葉は互生、卵形、広卵形で長さ6-10cm。春、新葉が伸びだすと、  まもなく古い葉は全部落ちる。芽出しの若葉は淡紅色、橙黄色など  から淡緑色に変わり美しい。花と果実は目立たない。庭園樹、  街路樹として広く植えられ、樟脳採取のために植裁されたものもある。  長命で天然記念物に指定されている巨樹名木も少なくない。  巨樹リストの中でも圧倒的に多い、また独力で立っているのが多いのも  クスの特徴である。  散孔材で心材は黄褐色、紅褐色、肌目はやや粗く、木理は交走する  ことが多く、玉杢などが現れるものがある。材はやや軽軟から中庸、  耐朽性が高い。建築では内装材、また社寺建築、建具、家具、器具、  楽器、彫刻、木象嵌その他に用いられる。古代には丸木舟に多く  使われた。葉や幹、根などを蒸し、出て来る蒸気を冷やし(蒸留)、  固形にしたものです。それは、防虫剤やセルロイド、フィルムなど  の材料になり、東南アジアでは古くからつくられていたが、日本では、  以外にも歴史は浅く、江戸時代半ばからつくり始められ、明治時代  には最盛期となり、何と合成樟脳やプラスチックが出廻った戦後には  もう衰退の道をたどり始めた。しかし、セルロイドがもてはやされて  いた明治から昭和のはじめ頃には、何と世界一の生産量となったことも  あったほどで、その頃の日本の発展に樟脳、しいてはクスノキが重要な  役割を果たしたといえる。  クスノキは、成長がさかんで、さらに長命なので、古くから人の名前に  使われる事も多い。有名なのは南方熊楠である。
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