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故中川藤一君の思い出

佐藤泰三
例年行事である、昭和六三年度の吾がクラスメートの旅行会は、湖東三山お詣りであった。

高くうねうねと登っている、石段を見上げると、大分ハードだなあーと思いつつも、お寺詣りだけに興味がもたれた。

老体に鞭打って苔むした石段を登り、梢中段位まで登った頃、俺もまだ捨てたものではていぞ!!と振返ってみると、二十段位下から登って来た中川君と目が合った。

稍々上気した様な顔が、緑の葉蔭の間から洩れる陽の光でポッカリと浮き、ニッコリと微笑んだ。

この無心な微笑が何とも印象的な一瞬に思われた。

どちらからともなく片手を上げ、頑張ろうと意志表示をし、又登り初めた。

楽しかった旅行会も無事終り、来年も元気で又会おうと、誓い合って別れた。

それから半年足らずの九月初旬の夜、島崎君からの電話で、中川君の訃報に接した。

逐此の間のあの印象的な一瞬の笑顔が彷彿として目前に迫って来た。

あんなに元気だった中川君が、何故!!何故!!と問いつめ、何ともやりきれない気持に追込れ、暫し茫然とした。

正に人生不可解の名言が身に泌みた。

気持を落着かせると中川君の在りし日が走馬燈の様に吾が脳裏を掠め去ってゆく。

東北から三重高等農林に入学し、関西の風土、周囲の人々は勿論、同級生も関西の学生が大半で、外国にでも来た感じで戸迷いを感じた。

偶々中川君とは剣道部で知り合い、明るい、優しい、親切な感じであったので何となく接してゆく様になった。

確か二年生の頃と思うが津海岸の乗馬クラブで乗馬練習してた時、中川君が来て暫く見ていたが思いつめた様な顔で、佐藤君僕に乗馬を教えてくれと云って来た、当時三重の学生で乗馬をやっていたのは僕一人位であったので相手が出来る嬉しさもあったが意外にも思った。

馬が相手のスポーツだけに危険性も伴うので心配ではあったが手ほどきをする事にした、馬は人間の性格を感じとること極めて鋭敏な動物である。

中川君は非常に優しくて、愛情の深い人であったので乗馬を初めて一週間位で馬も中川君に馴染み僕が手綱を持ってやらなくとも馬が云うことを聞く様になった、手綱捌き姿勢膝の締め方拍車の入れ方等々ポイントを一つ教えると凡べて自分で消化し技術を体得した。

三年生の時、中川君は三重高農に乗馬部を、創設する計画をした。

僕は中川君からこの相談をされて中川君の発展的な情熱と奉仕の精神に頭が下った。

馬の獲得厩舎の問題日常の飼育と管理等難しい問題が山積していたが中川君の努力で開校以来初めて乗馬部が創設された。

中川君は死の直前まで社会のため業界のため、そして吾々級友のために全生命を捧げてくれた立派な意志は後世受継がれてゆくものと信じてやまない。

中川君の冥福を祈ると共に中川家の御多幸をお祈り致します。

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