明の世界は、年号も変り騒然とした日々ではございますけれど、日ごとに春めき始め、花をのみ待つ季節となりました。
昨年九月まだまだ御活躍の御年でいらっしゃいましたのに突然の御逝去、御家族御縁ある方々のお悲しみはいかばかりでございましたことでしょう。
私どもには長い間大変に御贔屓いただき、さまざまのお人も御紹介いただきましたのに、何の御恩返しもいたしませぬままでございました。
ここで心より厚く厚く御禮申し上げさせていただきます。
御温厚なお人柄さながらの御署名の入った御本を二冊も頂戴しながら、日々の忙しさにまぎれて、本棚にしまったままになっておりましたのも、くやまれてなりません。
先日からゆっくりよませていただき、そんな想いを新たにさせていただいております。
難かしい流通の問題に取組まれ、それを理想だけでなく実戦していらっしゃいましたこと、木と云うものを文化として提へ御自分への養いの糧とし、たのしみ又それを商いに結びつけていらっしゃったこと。
学問的な視野からの大切な文章にふれて、その御功績をよく解らせていただきました。
ご来店のたびに、その豊かな御顔に接しさせていただき、心がなごみ、大きなものをお持ちの御方とは解らせていただいておりましたけれども、もっと早く本を読ませていただいていましたら、さまざまのたのしいお話に花を咲かせていただくことも出来ましたのにと、残念に存じ又申訳なく存じます。
木偏百樹の文の中の古代邪馬台国云々のお話など、杉の木があったかなかったかによって場所を特定出来るとは、何とたのしいことでございましょう。
そんなお話もきかせていただきとうございました。
今は御紹介いただきました北村和夫氏の太子の像に先生の面影をしのばせていただきながら、お詫び申上るのみです。
何故か見るたびに先生に似ていらっしゃるように思えてなりません。
そして不勉強者!とお叱りを受けている様に思えてなりません。
そしてこの手紙の御返事をいただけるようにも思えてならないのです。