青少年教育委員会の中川勝弘です 皆さんも海外へ行かれる事が多いと思いますが、あとから又 その町に行きたいと思った事があると思います。
私は以前インドネシアのポンティアナックと言うところに行きました。
西カリマンタン最大の町ですが道路は悪く、まともなホテルもなく、 公衆電話はもとよりナイトクラブもありません。
それどころかトイレットペーパーもなく、トイレの度に 「なんで日本人の俺がこんなみじめなことをしなければならないんだ」 と思いました。
何べんも自らの手で運を掴みました。
そんな町ですが無性にその町へもう一度行きたいのです。
始めてこの町にひとりで着いた時言葉も右も左も解りませんでした。
恐る恐る人に道尋ねたら、目的地までつれていってくれ、ホテルのボーイは仕事外で町を案内してくれ、近所の小さな子供達はまだたどたどしい言葉で私に「サトウ-ドア-ティガー」(1.2.3の事)と数字の読み方を教えてくれたのです。
魅力ある町と言うことを考える時、いつもこの町の事を思い出しますやはり町をひきつける魅力は単にその町が、景色が奇麗だとか、建物が立派だとかよりもその町の人といかにコミニュケーションしたか、どのように受け入れられたかによってその町のファンになるか、ならないのかの違いが出て来ると思います。
今の大阪を考えてみますと、はたしてどうでしょうか、たしかに国際都市をめざす、大阪にふさわしい器は少しずつ出来て来ています。
しかし日本で一番、せっかち町ではないでしょうか心に余裕があるでしょうか、ギスギスして他人の事をかまっている暇はないようです。
いままで以上にもっと大阪が他の町の人から、世界の人から、又大阪に行きたい、と言ってもらうようになるには受け入れる大阪の人の心を向上せねばならないと思います。
そういう大阪を作つて行きたいと思います。