国産のスーパーコンピュータ富岳が世界ランキングで世界一になりましたね。すばらしいことです。そして富岳はいい名前ですね。すぐに先の大戦の超大型爆撃機のことを思い出しましたが。
私はコンピュータハードの専門家ではありませんが、30代の頃から仕事で使っているので、その速度というのは体験していて、速度こそ何よりも重要なものと実感しています。
話1 NECの初めてのパソコンPC-8001を仕事に使おうと購入、会社の合宿時に持ち込み、全社員の前で自慢げに200人程度の名簿を五十音順に並べ替えるデモをしたのですが、10秒くらはかかるかと思ったら40分もかかり、社員からはパソコンなんて仕事にならない、道楽や、と笑われ、大きな恥をかきました。(その後PC-9800シリーズになってからは実用的に仕事に使えるようになりました。)
話2 昭和54年、初めてコンピューターを導入しました。電電公社(現在のNTT)のドレスシステムで端末機にキーボードあるいは鑽孔テープで入力すると、電話回線を通じ大阪堂島のコンピューターに繋がるのです。当然漢字は使えないし、朝8時から夜の8時までしか利用できず、レンタル費用も月に70-90万と高額で、最初はお荷物のように思えました。
でも使ってみると、住宅の見積など人間技では出来ないくらい瞬時に計算出来ました。
また、簡単な命令をカタカナで12文字くらい打ち込むと、本日の四支店全体の在庫金額が出ます。入力してリターンキーを推すと、0.5秒くらいで、プリンターがその時点の在庫金額を打ち出します。驚愕しました。月次決算が出来なかった時代ですから。
しかし、この在庫金額には続きがあります。
漢字が使えて、時間制限なしで、費用も安価にへと昭和62年に大塚商会のNEC最新オフコンを導入しました。使い慣れたころ、今日の在庫金額を見ようと、オフコンに指示をしたところ、なんと1時間近くもかかったのです。
この時に先の電電公社のコンピューターがいかに性能が高いというのが身に染みてわかりました。
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