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ひば

このページは雑誌「夢の丸太小屋に暮らす」
に掲載されている記事の追加情報です。

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常緑高木。ヒノキ科アスナロ
別名はアスナロ、明日桧、翌桧、アスヒ、クサマキ、シロビナ

 湿潤な地に適すると言われるが、乾燥土壌の地域でもヒバの稚樹は発生しやすく、天然更新によっても成林が可能な樹である。
乾燥地を好むヒノキに比べ、水湿に富む肥沃な陰地を好む、生育はきわめて遅い樹木。日本固有の樹種。本州から九州に分布し、関東北部・東北北部・木曽に多い。特に木曽、能登、東北北部はそれぞれ有名。

 厳密にはヒバという木はなく、木材、建築業界でよく使われている名である。植物学的には本州中部から四国、九州にも見られるものがアスナロで、北海道(渡島半島)、から本州の関東北部まで分布するアスナロの変種がヒノキアスナロである。別名青森ヒバともいわれている。能登半島へ移入されたヒノキアスナロは、アテと呼ばれている。
木材の流通としては一括してヒバとして呼ばれている。

5月頃青い小さな花を付ける。雄花は楕円形、雌花は扁平花序になる。枝葉、樹幹、根株などに香りがある。
幹は直立し、葉はヒノキに比べて厚く大きく、鱗片状で粗剛な感触、濃緑色で光沢がある。葉の裏面は白色の気孔線が目立。樹皮は暗紫赤・灰褐色。縦に長く裂け目を生じ、繊細状にはげる。

アスナロ(ひば)の葉  拡大写真あり

裏面 白色の気孔線がはっきりと見える  拡大写真あり


ひばの語源
アスナロを植物学者が承認したのは、天保13年(1842年)に、シーボルトらによって木曽から採取され、アスナロと名づけられたのが初めて。その後、明治34年に、形や色が違う変種をヒノキアスナロと命名した。
ヒノキアスナロやアスナロをいつ頃から「ヒバ」と呼んだかは不明だが、近代では東北森林管理局青森分局に保管されている「施業案説明書 明治41年」の文書中にヒバという名称がでてくる。

あすなろの語源 
 アスナロの語源を「明日はヒノキになろう」に由来するというのは誤りで、古くはアテヒといわれ、高貴なヒノキという意味であったといわれている。
「明日はヒノキになろう」の最初のきっかけは、清少納言の『枕草子』であろう。
「花の木ならぬは あすはひのき、この世に近くも見え聞えず、
御岳に詣でて帰りたる人の持て来める 枝ざしなどは いと手触れにくげに荒くましけれど
なにの心ありて あすはひの木とつけむ あじきなきかね言なりや
誰に頼めたるにかと思ふに 聞かまほしくをかし」とあり、
アスナロのような木がヒノキになるものかと言っている。
江戸時代には既にアスナロと使われていた。「和漢山才図会」の巻82には「一種に阿須檜(あすひ)というのがある。
檜に似ていて、木心は槙に似ている、器につくるが脂が出てよくない。
これは檜と一夜の差があるためであろうか。
匠は檜と偽ってこれを用いたりする。また、阿須奈呂(あすなろ)ともいう」とある。

現代で徹底的に大衆にあすなろを印象づけたのは井上靖の小説『あすなろ物語』(昭和28年46歳)である。そして1955年には東宝で映画化された。出演=久保賢、鹿島信哉、久保明、岡田莱莉子、木村功。原作に新たに高校生時代のものが加えられ、3部構成になっていた。
この作品は、黒澤明監督の助監督を務めていた堀川弘通の監督昇進を記念して、黒澤監督自身が脚色したことでも有名。

太宰治の「津軽」
私は文学小説が趣味とか詳しいわけでもない。でも太宰治の小説の中では「津軽」が、一番彼の本質をあらわしていると思う。太宰治は「津軽」の中でひばのことをその独特な口調で「津軽伝統をほこっていいものは、林檎なのではなく扁柏だ。関東、関西の人は津軽といえば、すぐに林檎を思い出し、扁柏林のことは知らない。」と言い切っている。まったくその通り、木材業の私でもその通りだった。
青森県という名は山々に樹木が枝々をからませあって、冬でも青く繁っているところから来ているのではないかともいっている。ひばを中心にぶな、なら、かつら、とち、唐松などが産地からその通りかも知れない。

あすなろものがたり
天城山麓の小さな村で祖母と二人暮らしていた梶鮎太が、多感な青春時代を経て新聞記者となり、終戦を迎えるまでの話。成長の過程ごとに六つの物語を織り込んだ小説。どの時代にも女性が出てきているが、それぞれの役割を演じ、梶鮎太に影響を与え、生長させている。
不良じみた十九歳の美しい娘 冴子、 密かに思いを寄せていた女性、信子、野性的なオシゲ
六つの物語のすべてを貫いているテーマは、あすは檜になろうと念願しながら、永遠に檜になれないあきらめや悲しさと明日は何ものかになろうと努める気持ちである。
この執筆のために、以前に読んだ新潮文庫の「あすなろ物語」を引き出してきて読み直した。
本というものは不思議なもので、そのときの自分の状況や考え方を反映するもと思う。
あらすじはわかっていると思っていたが、まったく新鮮で、今回はより感動した。
以前ユニバーサル映画のバックトゥザフューチャーのビデオを見て感動し一晩に3回も見たことを思い出した。
鮎太が密かに思いを寄せていた未亡人、信子の
「あすは檜(ひのき)になろう,あすは檜になろうと一生懸命考えている木よ。でも,永久に檜にはなれないんだって!それであすなろって言うのよ」
「僕だけかな」
「何が?」
「翌檜なのは!」
「だって,貴方は翌檜でさえもないじゃありませんか。翌檜は,一生懸命に明日は檜になろうと思っているでしょう。貴方は何になろうとも思っていらっしゃらない」
この最後の言葉が、「バックトゥザフューチャー」も「あすなろ物語」の主張も共通しているのである。どちらも自分から運命に流されるのでなく、自ら作っていくということを学んだ。
あすなろ物語についての解説をいくつか調べると、あすは檜になろうと願いながら、永遠に檜になれない悲しさなどと、後ろ向きというか、やる気のない、元気がない人生の話のような意味でとらえているものが多いが、
井上靖は目標を立ててそれに向かって進んでいくということが大事だと、いいたかったのではないだろうか。

 人は自分の考え方により、たえず成長していく。その成長期に自分をただの木にしてしまうか、翌檜にするか、また檜にするかは自分の運命責任なので、私もあと残りの人生一本の立派な檜になれるよう、がんばろうと再度決意をした次第です。
話は木とは関係ないが、「あすなろ物語」の井上靖、「伊豆の踊り子」の川端康成、「檸檬、櫻の樹の下には」の梶井基次郎、「津軽」の太宰治など、偶然だろうか伊豆を訪れる文学者が多いのは。暖かく過ごしやすく、傷ついた心をいやし、そして再生させる聖地なのであろうか
あすなろ物語を記念して、伊豆近代文学館の井上靖宅の玄関にあすなろの木が植えられている。

匂い
ヒバの匂いはインターネットなどで調べても、「芳香」と記載されていることがよくある。地元の方はこの木の匂いをいいと自己暗示にかけているか、昔からその匂いに慣れてきているかかも知れないが、平均的な日本人には決していい匂いというわけでもない。人によっては臭いと感じるかも知れない。

魚と檜葉
スーパーのチラシなどの魚の写真には決まってひのきの葉の上に乗せている。その緑の色のおかげで魚の新鮮さが引き立つのであろう。この鮮魚の下に敷くヒノキの葉を昔からヒバ読んでいる。土地によってはサワラの葉を利用しているところもある。木材の仕事をしている私からみれば、ヒバとヒノキの葉はよく似ていて、素人には判別は難しいが、ヒバは間違いだろうと思っていた。しかしある時、檜葉と書いてヒバと読むので、これはこれで正しいと気が付いた。

木曽
木曽ではアスヒとも呼ばれる。木曽のアスナロは、として尾張藩に保護され、享保2年(1920年)に禁伐とされて国有林に引き継がれてきている。
尾張藩(愛知県)では、享保5年(1920年)にヒノキ、サワラ、マキ、アスナロを禁木とした。後年享保13年(1728年)「ネズコ」を禁木に加えた。いわゆる木曽五木である。
木曾産の翌桧は精油が少なく匂いも幸か不幸か薄く、木肌の色合いは白くて良い。 木曽地方ではヒノキ林にしばしばアスナロの幼樹が入り込み、放置しておくとてヒノキ林はアスナロ林にとって代わられると聞いた。

アテ
石川県の「アテ」は江戸時代前期東北地方から5本移入し、人口造林されたもので、能登ヒバと呼ぶこともある。現在内2本が成長し、高さ30m、周囲5mにも達して現存しており、石川県ではアテを県木としている。
「木」辺に「當」という漢字をあてて、アテと呼ぶこともある。「アテ」は東北から移入して当ったからという。
石川県の地方名は加賀ではアテ・ヒバなど能登ではアテ・ボヤ・クサマキ などと呼ばれる。
主な産地は輪島市、門前町、穴水町とその周辺市町村である。
档の品種の主な分布地は、アマテが輪島市、門前町。 クサアテが穴水町である。このほか、カナアテは能登各地に点在している。
「マアテ」は湿気に耐える、伸縮が少ないが、ややねじれ気味である。材面は美麗で光沢がある。用途は土台、柱、桁、大引、母屋、棟木、造作材、板材等
「クサアテ」はマアテに比べて軟かく、耐湿性、強度ともにやや弱く、水回りの場所は使わない。木理は比較的粗いが、通直で節が小さいので柱としての利用が多い。
「カナアテ」は材質多少バラツキがあるが、比重、強度、耐湿性は比較的大。また耐久性がある。用途は土台、床板等
このアテという名前のおかげで、ずいぶん損をしていると思う。木材業界でアテ*1というのは木材の欠点の事で大工や木材業者が最も嫌うものである。アテ材というと、アテという欠点のある材とどうしても思っていまうのである。材木屋でも若い人は石川県のアテのことを知っている人は少ない。板や角材にすると、必ず曲がり、反ってくる。また年輪が荒くなり、重い、プロの材木屋なら欠点のすぐに分かる。アテ、アテ材という単語は、この意味でほぼ日本全国で通じる。そのため石川県の「アテの木」がいい材であるにも関わらず、その名前から、避けてしまいがちである。
石川県といえば輪島塗だが、通直な柾目が重用される輪島塗りの木地としても賞用されている。
輪島塗の御箸は木地が「アテ」と決まっている。理由は硬質で、かつ、軽いことから。
そのアテ上に下地塗りと中塗りと研ぎをしさらに上塗りを2回を施し、その上で絵付けを経て完成する。3週間ちかくかかる、大変な作業だ。しかし漆には環境ホルモンの一種「ビスフェノールA」を吸収、分解する働きがあるというので、最近注目されて来ている。

石川県のひば(アテ) 

青森ヒバ
木曽のヒノキ・秋田の天スギとともに青森ヒバは、日本三大美林の構成している樹木である。北海道南部、津軽・下北両半島の国有林地帯を中心に広く大量に育ち保護されている。
有名な青森ヒバは、このアスナロの変種ヒノキアスナロである。うろこ状の葉はヒノキに似ているが、ヒノキよりも大きくて荒く、葉裏が白いので区別がつく。
減少した日本の天然林の中で青森ヒバだけは比較的多く蓄積されていると言われる。
青森ヒバは昭和41年に「青森県の木」に指定された。
厳寒期の2月から3月にかけて深い雪の中、花を咲かせ、厳しい風雪の中でゆっくり成長する。
現在伐採されているものは、江戸時代に幕府と弘前藩に植えられたもの。樹齢 200 年を越すものが多く、現在でも 1300 万m3もの資源量があり、木曽檜の約3倍、天然秋田杉の約7倍の量だ。現在は国有林として東北森林管理局青森分局によって保護育成管理されている。成長率 1%の計画的に伐採しながら、種が落ちて生えてくる稚樹を育てる天然更新であるため将来的にも毎年約 10 m3の供給で半永久的に供給が可能。
昭和40年代までは年間40万立方bだった伐採量を21世紀以降も年間10数万立方bの永続的供給のため、激減させたいきさつがある。
樹齢200年の木は、伐採されてから200年生き続けるといわれ、檜にはおよばないものの耐朽性に加え、釘打ちが良く、その特性を生かして古くから全国各地の神社・仏閣などの建築用材として用いられてきた。
岩手県平泉の中尊寺金色堂(1109年)、青森県中津軽郡岩木町の岩木山神社楼門(1628年)、青森県弘前市の弘前誓願寺(1520年)、青森県弘前市の弘前城城門・天守閣(1603〜10年)等数多く残されている。特に東北地方では神社仏閣の多くがヒバ造りであるが、旧家として残っている民家も総じてヒバ造りが多い。
「ヒバ普請」はシロアリ・ダニ・ゴキブリを寄せつけず、3年間は蚊が入ってこないと言われている。

青森県のヒバ

ヒノキチオール
国有林から伐採された「青森ヒバ材」は製材の過程においてオガ粉、端材がが約20〜30%発生する。これをを水蒸気蒸留して得られる精油を「青森ヒバ油」という。「青森ヒバ油」は100kgの青森ヒバ材からわずか1kgしか得られない貴重なもの。青森県内では年間約80トンの青森ヒバ油と、ヒバ油の100倍近い「ヒバ留出水」が生産されている。
ヒバ油の成分にはヒノキチオールとβ―ドラブリンが含まれており、これが木材腐朽菌に対して強い殺菌力を持ち腐朽菌の繁殖を著しく抑制している。
また青森ヒバ油中には、「ヒノキチオール」を約2%含んでいるが、これを含む木は世界でも稀で、その名前から桧に含まれていると思われがちだが、桧にはあまりなく、青森ヒバが群を抜いて多い。台湾檜で発見されたためこの名前がついた。
また、ヒバ油には防虫・防蟻性のある資シトロネロールとトリメチルナフタンという成分も含まれており、これがシロアリに対して強い効果をあらわす。
ヒノキチオールの発見当初からそのたぐいまれな抗菌力には大きな関心が持たれ、医療、農薬、食品など多くの分野で研究が進められてきた。
当初は医療用として研究が進められ、腸内細菌や破傷風菌、結核菌などに効果があるとわかった。昭和30年代には発毛効果があることが発見されました。現在の養毛剤の三分の一以上に使われているという。滅菌作用、抗菌作用、収斂(しゅうれん)作用があることが、発毛効果の理由です。キャンディ等の香料、生鮮食品の鮮度の保持歯磨粉などには、歯槽膿漏の歯肉の腫張充血の消退、 口臭などの消臭・脱臭効果がある。
さらに、さまざまな分野でヒバ油の利用され、期待されている。
食品添加物、病院の院内感染、アトピー性皮膚炎の予防・症状の緩和、水虫治療薬、石鹸・シャンプー、風呂用芳香水、化粧品、ストレスを緩和し、精神安定効果がある。ヒバ油を樹木に塗布するという簡単な方法で、害虫や菌による樹木の病気を防ぐことが出来るという。

木材 
ヒバには優れた特徴もあるが、時としてアテや飛び腐れなどの欠点もあり、杉や檜ほど流通していない。そのためその産地でしか使われなかったのだろう。
心材は暗黄色、辺材は淡黄色で両材の区別は不明瞭。年輪はとくにはっきりとしているとはいえない。木理は大体通直、肌目は緻密。木材はやや軽軟で、気乾比重は0.37〜0.45(平均)〜0.52。強烈な特徴的な匂いがある。また、心材部分の保存性が高く、よく水湿に耐える。ヒノキチオールを含むため耐朽・保存 性は高く、地中・水中での耐性はヒノキに優る。 
材としてもヒノキによく似た特性をもっている。
用途は、家具、器具、土木材、橋梁、船材、車両、彫刻、抗菌まな板。津軽塗りなどの漆器は有名。
建築としては構造材や内装にも使われるが特に軒回りなどの湿気の多いところや、モルタルの下地など通気性の悪い内部、縁側や濡れ縁など雨、風があたる屋外に使われる。
近年まで高級風呂桶としても使用、樹皮は火縄として活躍し、水もれをふさぐ素材や、屋根葺としても重要でした。また、日本最初の地下鉄(銀座線)の枕木として使用された。
知名度か低いためか、運賃コストの問題か青森ヒバの土台を使用する地域は限られている。しかし耐久性、耐湿性、抗菌性や住宅の大敵であるシロアリ対しての防蟻効果があることから、ヒノキ、クリを以上の住宅用土台の最高級品といえよう。

木材業界の言うアテ
木材業界や木工、建築業界でいうアテとは、普通木材の欠点のことであり、山の傾斜地などに生育する樹木の樹心が一方に偏って成長した異常組織の材のこと。この欠点のある材をあて材という。針葉樹では、傾斜面の下側に「あて」が出来るので「圧縮あて」といい、年輪幅が広く、高密度で赤褐色であり、リグニンに富む。仮道管の細胞壁は厚くて、横断面では丸く、細胞間隙があり、長さはやや短い。広葉樹は引張応力を受ける傾斜面上側に出来るので「引張あて」という。年輪幅が広く、道管の数と直径が減少し、ゼラチン繊維を多く含む。あて材は縦方向の収縮率が異常に大きく、堅くて脆い欠点があり、反りや狂いの原因となるので嫌われる。
●ヒバのエッセイ 木偏百樹 75.ひば