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唐津の黒松

・読売新聞 2011/9/1

虹の松原がつづく佐賀県唐津市の海岸では、老若百万本の黒松がたたずんでいる。豊臣秀吉が朝鮮に出兵した四百二十年前、ここをとおったことから、太閤ゆかりの松と伝えられる古松がある。松原を歩いていて韓国の写真家であるペ・ビョンウが撮った韓国の松林の写真を思い出した。虹の松原の幹のたくましさや、くねり具合がよく似ているのである。茶の湯の茶碗を焼かせ、袱紗を縫わせるために、秀吉は朝鮮の陶工や刺繍の上手な女官を日本へ送るように命じた。唐津焼にはさびさびとした松がよく描かれるのは、故郷によく似た風景である唐津の松と朝鮮の松を重ねているからではないだろうか。中里隆、太亀親子の窯である隆太窯が唐津の山中にあり、陶房や登り窯、母屋が散在している。唐津焼を代々継いできた中里家の五男に生まれた隆さん は、三十代半ばで家を飛び出し種子島に窯を築いた。拠点を唐津に戻した隆さんは、最近は一年の半分をアメリカやヨーロッパなど海外で過ごしている。「アメリカにゆけばアメリカの土がある。唐津だけにこだわらなくていい」と話し、唐津を破り、唐津焼の世界を広げてきた。『土と遊ぶ天衣無縫の裸かな 櫂』大義名分のない老いの道楽であった秀吉の朝鮮出兵に徳川家康をはじめ諸大名は従ったのである。その軍事基地である名護屋城跡が唐津の西にのこっている。戦乱のさなかであった朝鮮、また一方で秀吉は大坂城の黄金の茶室を移し茶の湯を楽しんだのである。

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