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アダンの筆

・日本経済新聞 2010/1/4

毛筆は動物の毛を使ったものが多い。しかし100%植物性のものもある。沖縄の浜辺に生えている、「アダン」という木の根を加工したものである。繊維のコシが強く、毛筆よりも水気を吸うから墨の持ちもよい。書いた字は豪快で荒々しく跳ねるときもあれば、素朴なあたたかみを感じさせるときもある。この筆をつくっているのが、沖縄県に在沖の吉田氏である。吉田氏がアダン筆をつくり始めたきっかけは病気。市役所の職員として働いていた20年ほど前に過労で倒れ、しばらく療養生活を送った。からだがある程度回復すると、前から好きだった絵を描いたり書のまねごとをするようになり、そんなとき、岡山県の筆職、吉信芳石さんがつくる「竹筆」に出合った。 筆のかたちも書き味も素朴そのものの竹筆を一目見て思った。「自分も植物の筆を作ってみたい」と・・・。沖縄にある植物で筆がつくれないだろうか。と生えている木を物色し始めアダンに決めたのである。アダンは奄美諸島以南に自生しており、夏になるとパイナップルに似た実をつける。樹高は3~5メートルほど。地上の枝や幹から地面に向けて「気根」と呼ばれる様々 な太さの根が伸びる。また、アダン筆は完全に吉田氏のオリジナルではなく、琉球王国の時代に沖縄でつくられていた。江戸時代には日本本土に伝えられ、小説「雨月物語」の作者、上田秋成(1734~1809年)が愛用したという記録もある。近代以降は毛筆の普及で廃れ、産業としては現在残っていない。こうした歴史的知識はすべて、幸か不幸か筆をつくり始めてかなり時がたってから知った。結果としてわたしのアダン筆は、琉球文化の伝統のなかに自分が独自に編み出した製法をうまく溶け込ませることになったのである。昔のアダン筆と吉田氏の筆では、製法に大きな違いが数カ所ある。たとえば昔はアダンの気根を切り取ってきて、水に1年浸してから製作にとりかかったが、吉田氏のは切り取ってきたばかりのみずみずしい気根を使う。いろいろ試してみたところ、気根は水分を多く含むほど繊維が不必要に切れないことがわかったからである。次に筆の穂になる部分の表皮を除き、内部の繊維をむきだしにする。昔は手で握る軸の部分まで表皮をむいていたが、そうするとアダンの風合いが出てこないため、今はあえて軸の表皮は残すことにしている。筆の穂はプラスチック製のツチでたたいてやわらかくほぐし、水に浸して繊維の細かさをそろえるようにワイヤブラシですいていく。穂先はそのままだとホウキのように広がってしまうので、長年の技法で、毛筆のように先がすぼまるように調整する。神経を使うのは、乾燥の工程であり、製作の途中で水分は欠かせないのだが、完成品に なると一転して邪魔になる。天日に干すくらいでは不十分で、表皮のついた軸が腐りやすく、ときにはふやけてぶよぶよになる。試行錯誤の結果、今ではタバコの葉を乾かす大型の乾燥機を使っている。工程ひとつひとつを自分で編み出していくのに時間がかかり、商品として人前に出せるまで7~8年はかかったという。

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